「小説の神様」の作品

志賀直哉を「小説の神様」と呼ばしめる一因となった「小僧の神様」の作品は 未だによく理解できないままです。よくよく考えられてあとに付け足されたものでしょうね。
「作者はここで筆をおくことにする。じつは小僧が「あの客」の本体を確かめたい要求から、番頭に名前と番地を教えてもらってそこをたずねていくことを書こうと思った・・・・・小僧に残酷な気がしてきた。それゆえ作者は
前のところで擱筆することにした。」・・・という最後の部分が印象的ですが・・・・

「清平衛と瓢箪」は大人と子供の断絶であって、志賀直哉と彼の父親との断絶であって、人の裏の裏の仕組みが 簡潔に書かれていることにひやっとしたものでした。