平城京跡の朝
私は 平城宮跡の朝の空気がたまらなく好きです。朝靄が立ちこめる広場に立つと、新しい気持ちになります。清々しい気持ちになります。朝日がさす平城宮跡の空気を想像することがあります。すると条件反射のように、詩人の長田弘さんの「むかし、遠いところに」という詩の中の一部分を思い出します。
「むかしむかし、ずっとむかし、まだ世界ができたてのころ、遠い遠いところに、小さなおばあさんがいました。・・・・・・・・・
・・・・・おばあさんが好きなのは、この世界のうつくしい色をたくさん集めて、世界の風景をもっとうつくしい色に染めることでした。」
6月29日の朝4時半に平城宮跡に着きました。刻々と変化する世界の色を独り占めしているような満ち足りた気持ちになりました。うまく伝えることはむずかしいですが、ほんの少しだけでもその時の色を伝えられたらと思います。
今から約1300年前にあった平城京は、710(和銅3)年から784(延暦3)年まで日本の都でした。
平城の地は「四神に対応している地形であり、三山が鎮めをなしている地である」と記されているそうです。
四神とは、中国の古代思想にでてくる空想的動物で、玄武(げんぶ)、青龍(せいりゅう)、朱雀(すざく)、白虎(びゃっこ)のことで、それぞれ北、東、南、西を表しています。四神に対応する地形とは、玄武は高山、青龍は流水(りゅうすい=かわ)、朱雀は沢畔(たくはん=ぬま)、白虎は大道のことだそうです。
昨年完成した第一次大極殿の壁には上村淳之さんの四神が描かれています。
「三山の鎮め」は平城宮では、北にある奈良山丘陵、東の春日山、西の矢田丘陵の三つの山が、都を守っているということになるそうです。
平城宮の前の都であった「藤原宮」は古代最大の都でした。大和三山(北に耳成山、西に畝傍山、東に天香具山)を内に含む都だったそうです。
私は藤原宮跡の広大な広場から大和三山を眺めるのも好きです。
夏の朝は小さい花たちも光の中で輝いて見えました。