竜田川に沿って斑鳩へ


「千早ぶる 神代も聞かず竜田川 から紅に水くくるとは」 在原業平
の歌をたよりに生駒山をくぐって(第二阪奈道路600円)平群の里へ出ました。竜田川にそって近鉄生駒線も走っていました。このあたりの竜田川平群川とも呼び、大和川の支流です。岩がごろごろしている渓谷の様子がありました。竜田川沿いに緑地が続いていて桜の名所になっています。
竜田大橋を渡ってすぐのところに昔の家並みがのこっていました。法隆寺の寺町として栄えたのでしょうか。

飛鳥時代聖徳太子斑鳩宮造営にあたり、太子の出生地の飛鳥神名備の産土神を龍田に近い山に勧請されたそうです。その山を神名備山とも呼ぶそうです。(三室山のこと)
この神名備山を私は固有名詞と思っていましたが、神様がおられる山のことをいうので いろんなところに神名備山はあるそうです。
竜田大橋を渡って東にいくと龍田神社があり、法隆寺に続きます
竜田大橋を渡って南西にいくと神名備山とも呼ばれる小高い丘のような三室山があり、龍田大社があります。
竜田川大和川と合流する近くに神南という地名があります。神南は三室山の南です。神南山で神名備山と思っていましたが、大きな間違いでした。
それに、歌に読まれた竜田川大和川のことだそうです。

法隆寺建立の地を探していた時、推坂山で翁に姿を変え、建立の地を指示されたのが龍田大明神で龍田大社の本宮に祀られているそうです。法隆寺の鎮守です。
龍田大社法隆寺に遠いので分霊して龍田神社ができたそうです。竜田大橋をはさんで右に龍田大社、左に龍田神社と紛らわしいです。

龍田神社周辺の家並み

太田酒造株式会社は創業が明治2年という歴史のある蔵元で地酒以外に奈良漬も有名です。奈良は日本酒の発祥の地だそうです。現在でも多くの蔵元があります。奈良の蔵元は規模は小さいが良い酒を造ってきたそうです。









龍田神社





龍田神社境内にある金剛流の碑

金剛流は 能楽シテ方のひとつで 大和猿楽四座といわれる 結崎、円満井、外山、坂戸のうちの坂戸座を源流とする流派です。
坂戸座は法隆寺周辺部にあった古代郷で、今の斑鳩町の竜田、服部、稲葉、小吉田、神南付近を範囲とする板戸郷に由来し、法隆寺に所属して発展した猿楽の座だそうです。




中宮寺入り口





中宮寺新本殿

微笑をたたえたやさしいお顔の中宮寺弥勒菩薩が安置されていました。クスノキでつくられたそうですが、黒く光る像はとても美しかったです。
日本最古の刺繍天寿国曼荼羅刺繍」の複製が飾られていました。高松塚壁画にあった飛鳥時代の服装とよく似た姿の始終があり、また月には兎も刺繍されていました。、




昔見た「五十円切手」は中宮寺弥勒菩薩です。

中宮寺は山吹の寺と呼ばれるそうです。まだ少し咲き残っていました。







道からも法隆寺の夢殿が見えます。柿ならぬ桜の葉が色づき始めていました。





2年前に訪れた法隆寺の画像です。是非覗いてみてください。
屋根の上の宝形は上から、光芒、宝珠、宝傘、宝瓶、受花と蓮花の反花からなります。