大和の国・郡山城の桜

郡山城は580年(天正8)に筒井順慶が築城し。桜は1585年(天正13)に豊臣秀長が入部した時に、談山神社がある多武峰の桜を移植したのが始まりとされています。
724年(享保9)に柳沢吉里が入城してから、桜樹の補植を行い美を競うようになり「御殿桜」と呼ばれるようになるほど桜に埋め尽くされていたそうです。
大和郡山城は明治に建物が解体され石垣しか残っていませんでした。それを昭和55年築城400年を記念し、追手門、追手向櫓(やぐら)、東隅櫓、多聞櫓が復元されました。
9日はまだ満開ではなく7、8分咲きでした。それでも待ちわびた人で前日8日の日曜日は城内に入られないほどの人出だったそうです。

郡山城の桜」のシンボル的存在・東隅櫓にかかるしだれ桜





追手向櫓と桜






















城の前を近鉄電車が走っています





東隅櫓にかかるしだれ桜と電車の写真を撮る人が道に並んでおられました。私たちは今電車が通り過ぎたところですので 心残りもありましたが、次の電車まで待たずに帰りました。